みっとの感覚を言語化する①-発達障害は補集合で理解する-



このシリーズは、私みっと自身の認知特性・行動特性を自分の言葉で言語化するもので、周囲の人に対する私の「その人理解」を目的に書いています。


いわば私自身のトリセツのもとになるものです。


▼ 前回の記事はコチラです。

https://www.adhd-room.com/post/mitto-logos1


今日のテーマは、

発達障害は補集合で理解する


です。


前回のブログの要旨をまとめると、

発達障害は診断名で十把一絡げにまとめることができない。典型が存在しないということでした。

発達障害は必ず人にくっついているもので、家庭および生育環境にも左右されるのがその理由です。これは自分自身と当事者会に来る人の話、支援者からの意見も聞いたうえでの結論です。


これはこのブログでの大前提です。


人それぞれによるものですから、「発達障害だから、ASDはこうで、ADHDはこうで」というように一括りにする話はこのブログや講演でもするつもりはありません。※ただし言動や行動の特徴を見出すうえで、特性を語ることはあります。


もうひとつ大前提をいうと、誰にでも発達凸凹は存在するということです。


私も8年前にADHDの診断を受けた人間として、医師からセルフチェックリストをネットで見せられたわけですが、同じものをいろんな人に試しにチェックしてもらいました。

まったく当てはまらない人というのはいませんでした。逆にまったく当てはまらない人がいるとすれば、自分自身を客観的に見る能力である「メタ認知」の決定的な弱さが根底にあるように思います。


人間は誰でもミスや間違いをおかすものです。得意・不得意も誰にでもあることです。

何がしかの発達に凸凹、すなわち偏りがあるからこそであり、逆に発達凸凹があることは人間を人間たらしめているということになると考えます。

人間になんらかの欠陥があるからこそ、失敗から学び、それを克服して進歩してきたといえると考えます。


では「発達」というものがどういうものなのか?

これは別の機会に熟考する機会を譲るとして、「発達凸凹」に「障害」がくっつくとは、どういう状態なのか?ということです。


発達に凸凹、偏りがあるうえに、能力と環境のミスマッチが起こることで、日常生活や仕事がそれに障害されている(支障を来す)ということであるように思います。そのことに本人が困っていて、医師の診断によって「発達障害」と診断されると考えます。


発達凸凹があるけれども、環境に適応できる人はたくさんいます。しかしその人がもし環境に適応できなくなった場合、誰にでも発達凸凹が存在することから、発達障害と診断される可能性が誰にでもあることになります。


だいぶ前置きが長くなりましたが、今日の本題。


さらにもうひとつの大前提として、

発達凸凹の特性は多くの場合、重なり合うことです。


私はADHDの診断を受けていますが、相談機関や自己分析、支援者とのやりとりの中で、「ASDの特性」があることに気が付きました。

想像性の欠如という面で他人からどういう評価を受けているのかが読めないという点や言葉を

額面通りに受け取りがちで、あいまいで遠回しな表現に対しては不得意さを感じています。


▼みっとの特徴

私の場合、あいまい、遠回しな表現を相手の意思を汲んで回答を出すことについては、相手からの指摘があって学習した場合、以後同じシチュエーションが起こった場合は、学習の効果で的確な回答ができるようになります。


上の図を見るように、各障害の診断名の領域が独立せず、重なり合っていることがおわかりいただけるでしょうか?


これはISDだっか、DSMだったか覚えていませんが、発達障害の診断基準として「ADHD」と「ASD」を併せた診断が可能になったことがその裏付けです。


人によってはこの重なりが図よりも大きいという人もいれば、ASD要素だけが大きく障害全体を覆うような形でとらえる人もいます。


それなので、診断名にこだわって特性ばっかりを知っていても、本当の自己理解には至らず、それはあくまでも特性を知っているということだけにしかならないように思います。

「ADHD」の診断を受けていてもそれにこだわらず、他の特性もないか?と考えておくことが、より深い自己理解につながるように考えます。


特性という言葉がでましたが、特性という似た言葉に「特徴」という言葉があります。

この言葉の定義と違いをはっきりさせておかないと、次の議論には進めないと思いますので、次回は「特性」「特徴」という言葉について考えていきたいと思います。


▼みっとの特徴

言葉の定義に対する「こだわり」がとても強いです。「こだわり」はASD特性の一つですが、あいまいな表現をされるのが苦手ということから、言葉の定義をしっかりさせることで捉え違いを防ぐこととこだわりがマッチしたものです。例)「目的」と「目標」、「障害者」と「当事者」などなど。

辞書だけでなく、漢字の成り立ちが乗った「大字源」という本をいつも机の上において、調べるくらいのこだわりです。